金沢お葬式情報 父親の葬儀

父親が亡くなって,なにも知らないなかで葬儀に関わった記録です

義理の母の通夜

喪主の家族を自動車に乗せないといけないので、洗車しなければいけない事に気づきました。
喪主が訪れた後だと、洗車する時間がないので慌てて洗車しました。
洗車を怠っていたので車内の清掃から始めないといけません。外装は、最近購入した高圧洗浄機で洗車しました。
気温が朝から30度を超えていたので暑くて汗びっしょりになりました。

8:30に喪主が訪れたので、新たに見つけた故人の画像を見せました。とても気に入ってくれて、その画像を使う事にしました。
今日の朝刊のおくやみ欄に掲載されるので、銀行の口座が凍結される前にということで、早朝に銀行にお金を引き出しに行きました。無事引き落としができました。
これで、とりあえずは葬儀に必要なお金は確保できました。

中陰への参加をお願いする親戚を決めました。

10:00に葬儀社の担当者が来ました。
遺影のための画像を渡しました。遺影の背景を決めました。
細かい不明点を確認しました。
遺体を寝かせた布団をどうするか聞かれたので、自分で処分すると答えました。葬儀社に頼むと5000円ほどかかるけど、金沢市に引き取ってもらうと500円で済むのです。
それに別に処分する必要も感じないし。

喪主と妻で、通夜に必要な副葬品(衣類の小物)やお昼に食べるお寿司を買いに行きました。
昼は、自宅で喪主と一緒に食事をしました。

14:00に喪主の家族が自宅に着きました。

16:00に葬儀社が遺体の送迎にきました。準備をしますというので、別の部屋で待機をしてたら、母親から、ちゃんと看取らないとダメだと言われました(苦笑)
送迎の準備と同時に、骨壺の祭壇のセッテイングも行われました。

1人1人順番に遺体の手を湿ったカット綿で拭きました。

それが終わると、葬儀社の3人で、遺体をかついで3階から階段を運んでくれました。

みんなで、葬儀会場に向かいました。

会場に着いて、遺体を棺に入れました。遺族が1つずつ同葬品を棺に入れました。家を処分した時に、身の回りのものも全部処分してしまったので、適当なものは何もありませんでした。棺の蓋を閉めました。

親戚以外に花や籠が出てるかなあと思っていたのですが、ありませんでした。
故人は、生前いろんな地域活動を積極的にやっていたので意外な気がしました。

ここでデジカメを持ってくるのを忘れたことに気づきました(苦笑)

会場についての説明がありました。飲み物の自動販売機は無料で利用できるという事でした。控室ではお茶のポットが用意されていました。娘にはサンドイッチを多めに買ってきてもらいました。
お通夜が遅めだけど、受付や会計などで、夕食をとる時間の余裕が無いのでサンドイッチを用意しておいたのです。

受付と会計の部屋の確認をしました。
会計の部屋には、パソコンとプリンターが用意されていて、葬儀会計用のソフトがインストールされていました。
家族が、香典帳は紙に書いたほうが良いというので、紙の香典帳も出してもらいました。最終的にはパソコンで入力する事にしました。
受付と会計の係に、担当の割りふりと、作業の手順を指示しました。

受付を4人配置し、香典を受け取る人2人(親戚と喪主の娘)と、1人(息子)は香典返しを渡すのと香典がたまったら会計に届け、もう1人(母親)は香典返しを渡すのと中陰の出席を頼む親戚がおいでたら喪主に案内する役です。
会計は、1人(娘の夫)は香典袋と中袋に番号を記入する役目で、もう1人(自分)は金額を確認し、金額を住所氏名が記入されてる所に記入してその部分を見やすいようにして水引きを戻して入力係に渡します。3人目の入力係(娘)は住所氏名金額をパソコンで入力する係です。
金額は20万円ごとに輪ゴムで縛ります。

親戚の人は、早めに来場されて、ロビーでいろんな話をしていました。

通夜の時間が通常は19:00が多く19:30と異例だった事と、新聞のお悔やみ欄で通夜の時間が、縦書きで7時で改行し半の文字だけが次の最上段に掲載されたことで、間違って早くおいでる方が多いだろうとは思っていたのですが、予想通り、最初の方は18:15頃においでになりました。

受付に、娘夫婦の関係者がおいでたら、会計に知らせるように頼み、娘夫婦の関係者の名簿を渡しました。

通夜開始時間30分前になると、親族の人は、会場で座って下さいと言われましたが、受付と会計ができないと困るので、受付担当のうち1人だけ、席に座りました。

通夜10分前に、会計を閉めて、受付の1人を残し会場の席に座りました。受付には通夜開始後10分間だけ残ってもらうように頼みました。
香典のお金は金庫に入れて鍵をしめて葬儀社の人に渡しました。現金の合計はメモしておきました。

通夜の挨拶は喪主がしました。
通夜の式典が終わり、通夜ふるまいになりました。生前親しくしていた親戚が集まって、あちこちで、いろんな会話がされていて盛り上がっていたようです。
お寿司やオードブルもとても美味しかったです。
最後まで受付に残っていた人(親戚)から、会計をしめた後に受け取った香典を渡されました。

通夜ぶるまいの途中で、メモした金額と、パソコン上の金額の総額が合うか確認しに行きました。
そこでハプニングが起きました。パソコン上の金額の合計より現金のほうが1万円少なかったのです。
香典袋に記入した金額と、入力した金額が間違っていないかと、香典袋の中の現金が残っていないかの確認をしました。
でも入力は間違っていなかったし、香典袋に現金は残っていませんでした。
可能性としては、香典袋に金額を記入する際に、金額を間違ったという事以外はありません。明らかに自分のミスです。まあ、現金のほうが多いのなら香典を出していただいた方の意思が正確に伝わらなかったという事で申し訳ないのですが、現金のほうが少ないなら、そういう事はないのでまあいいかなって思う事にしました(笑!)
今回の最大の失敗は、途中で、現金とパソコン上の金額とで違いが無いか確認しなかった事です。

喪主に報告したら、無かった事にしようということでした。まあ、娘には、通夜ふるまいから会計に行って、なかなか戻らなかったので、何かあった事に気づかれて正直には言ったんですけど・・・。モヤモヤ感を感じさせて可哀そうな事をしたかなと思います。

通夜ふるまいを終わって、会計後に渡された香典の会計処理をして、会計結果をプリントした紙と一緒に、自分が持ち帰りました。
通夜ぶるまいの残った料理は、葬儀社にタッパーをお願いし、会場の控室で泊まる喪主の分を残して、娘夫婦とで持ち帰りました。
金庫の鍵は喪主に渡しました。

控室で、最終的な打ち合わせをして、中陰の出席者の確認もできました。

遺影は、とても評判がよく、いい写真ですねと褒めてくださった人が複数人いたそうです。

喪主は1人で葬儀会場に泊まりました。

義理の母が亡くなられた

2018年6月29日(金)

義理の母は高齢者施設に居住しているのですが、時々、誤嚥肺炎で危ない状態になっていました。
昨日(28日)の午前中にも、誤嚥肺炎を起こして、状態が悪いという連絡があって、近くの病院に入院しました。喪主になる妻の兄は、遠方に住んでいるのですが、翌日に金沢に来るという事でした。
妻は、職場から病院にかけつけました。

病院の対処の甲斐があって持ち直したので、安心して帰っていたのですが、夜中に病院から息が弱くなったと連絡がありました。
6月29日になったばかりの時間で、ワールドカップで日本対ポーランド戦が行われている最終の出来事でした。妻はサッカーを見てましたが、自分は寝ていました。

病院には先に妻がかけつけ、自分は着替えして準備をしてから行ったのですが、時間外に入る方法が判らず、ちょっと当惑しました。なんとか説明掲示を見て、鍵をあけてもらって入る事ができました。
病棟のナースセンターに親戚ですと伝えると、病室に案内されました。その時には、義母はすでに亡くなっていました。妻が、かけつけた時にはもう亡くなっていたとの事です。
亡くなるという実感が無かったので当惑しました。
看護婦さんから、遺体の搬送をどうしますかと聞かれました。

義母は施設に入ってから実家を処分してますし、喪主である妻の兄は遠方に住んでいる事もあり、自分の家に搬送する選択しか思いつきませんでした。
母親の了解をとって、自宅に搬送する事にしました。

自宅に搬送するにあたって、以前父親が亡くなられた時に親切にしていただいた米永さんにお願いする事以外に思いつかなかったので、ネットで電話番号を調べて搬送を頼みました。1時間程度で搬送に伺えるということでした。

葬儀は、喪主である妻の兄の考えを尊重しなくてはいけないので、以降の事については、余計な口出しをせずに、喪主の選択にゆだねる事にしました。
とりあえず、葬儀をするしないの選択、家族葬にするか普通葬にするのかの選択をする必要があったので、喪主に相談しました。
故人は交際範囲が広い人だったので家族葬という訳にはいかないということでした。
搬送は米永さんに頼んだのだけど、通夜や葬儀は、どこに頼みますかと喪主に聞くと米永さんで良いということでした。
日程の希望を聞くと、近々には友引の日に重なる事が無かったので、翌日から3日間(土・日・月曜日)の内で、できれば早めの2日間が良いという事でした。それで早めの日で葬儀社が対応できる日を確認する事にしました。

自宅を、搬送に対応できる状態にしておかなければいけないので、先に帰る事にしました。
座敷を整頓し、布団を出して、シーツをかけて、座敷の整頓など迎える準備をしていると、義母が搬送されてきました。

座敷が3階なので、棺に入れないで、おぶって搬送していただきました。
葬儀社の人が義母の身体が曲がってしまっていると言っていたので、ひょっとしたら棺に入らなかったのかもしれません。
米永さんに、普通葬をするので、お願いしますと伝えました。葬儀の希望日についても伝えました。
以前お世話になった人の名前を憶えてなかったのですが、できればその人にお世話願いたいと希望を伝えました。対応できるかはわからないけど、父親の葬儀の時の担当者は調べれば分るという事でした。
喪主が来ないと何も決まらないので、打ち合わせは金沢に到着して自宅に来る予定の13:00ということにしました。
葬儀社の受け入れ態勢について確認していただいたところ、翌日に通夜の対応が可能だということでした。
通夜は19:00からで、葬儀は10:00からが一般的ということでした。
通夜は翌日の19:00から、葬儀は翌々日の10:00で仮押さえしました。
会場は、故人が住んでいた実家が建っていた場所に近い会館でしたいという希望でしたが、ちょど良い会場がありました。
故人が住んでいた実家が建っていたのは野々市市なのですが、施設は金沢市で住民票も金沢に移してあるという事で、斎場は金沢になるという事でした。
施設は金沢で住民票も金沢に移してあり、実家の建物も処分済だけど、おくやみ欄の住所は野々市にしても良いのかと聞くと、それは大丈夫だという事でした。
おくやみ欄で、住所が金沢だと、故人と喪主の名前を見ても誰も気づかないと思ったのです。
遺影をどの写真にするかとか、通夜葬儀の規模(人数)も決めておかなければいけないとの説明を受けました。
自分の父親が亡くなられた時の資料を調べると担当者の名前が判ったので伝えると、退職なさったということでした。
時間も時間だったので、各方面への連絡は早朝にすることにしました。

一度寝てから、目が冴えると、もう眠れない質なので、結局眠れませんでした。
遺体には妻が付き添いました。

朝7:00に僧侶に電話をかけました。通夜予定の土曜日は法事が3件あって、通夜は19:30からでないと対応できないということでした。葬儀予定の日曜日も午前中は法事があって13:00からでないと対応できないということでした。
死亡後初のお参りも12:00過ぎでないと対応できないということでした。

通夜や葬儀の日程をどうするかは喪主でないと判断できないので、喪主に電話したのですが、連絡がつきません。
留守電にメッセージを入れておきました。

親戚や、義母が生前に活動していた分野の関係者(1人)に連絡をとりました。
親戚や関係者の人から連絡があったという事で、それからは、電話がひっきりなしにかかってきて2回線ある電話が埋まっている事が多々ある状態でした。

数時間ほどして、喪主から電話があって、通夜と葬儀の時間についての希望を確認しました。おくやみ欄の住所は野々市市にすることも可能だと伝えました。
僧侶と妻の実家は昔から付き合いが深く、妻と僧侶が同級生であることもあって、他の僧侶を頼むことはせず、通夜と葬儀は僧侶の都合に合わせるということになりました。
喪主は13:00頃でないと金沢に入れないという事だったので、僧侶にお参りの時間をずらしてもらうよう頼もうかと思ったのですが、ごたごた言うのも良くないと言われて、お参りの時間についても僧侶の都合に任せることにしました。
すぐに葬儀社に時間の変更を伝えました。

とりあえず、おいでる方がいるかもしれないということで、他の部屋も可能な限り整理しました。
どうしても、当日に済ませておきたい仕事があったので、急いで用事を済ませました。

その間に、親戚の方がお参りにきてくださいました。

妻は、施設に報告に行き、遺影の写真を選ぶため写真を持って帰りました。

コンビニで弁当を買って食事をしようと思ったら、僧侶がおいでたので、お参りをしていただくことにしました。
仏壇の内敷が出ていないということで、慌てて探しました。滅多に使わないので置いてある場所を覚えていなくて、仏壇の引き出しを片っ端から調べてなんとか見つけました。

僧侶から、亡くなられるにいたった経過を聞かれて、簡単に説明しました。

お参りの途中に不備に気づいた事があったのですが、もう読教が始まっているのでしかたありません。
読教が終わってから確認しました。
前回は葬儀社の人から、人形は紙か布をかけて隠すように言われたのですけど、それは死者は穢れていて、魂を抜かれないようにお人形を隠すという意味合いがあるそうです。仏教的にはなんの意味もない事で、ある意味では故人に失礼にあたると習慣だと言えるという事でした。
「南無阿弥陀仏」の掛け軸もあるので、そのほうが良かったのかと思っていたのですが、仏壇の中に「南無阿弥陀仏」の掛軸があるので2つはいらないということでした。

僧侶と通夜葬儀の場所日程を確認しました。
僧侶のほうから、通夜は僧侶が1人で行い、告別式は僧侶と伴僧の2人で行い、葬場でのお参りは伴僧が、中陰は僧侶が行うと言われました。
法名も決めてこられていて、それはさすがに喪主の了解が無いと返答できなと言うと、大丈夫ですよと言われました。故人と親交の深い僧侶なので、まあそんなもんかなと思いました。

僧侶が帰って、食事をしていると喪主が着きました。食事は済ませたという事なので、ちょっと休んでもらって自分たちの食事をすませました。

誰に連絡をとったかの報告をして、お参りに来た親戚についても報告しました。ついさっき僧侶のお参りがあって、僧侶の人数や法名の件も報告しました。

喪主にお参りしてもらって、話をしていると、葬儀社の方がおいでました。
搬送時においでた人は、夜間だけの担当者で、以降の事については自分が担当するとの事でした。
前回の担当者には随分よくしていただいたと言うと、その方は退職されて今は不動産の仕事をしているとの事でした。その方とは同期だという事でした。

お葬儀の進行について、詳細な日程表を渡されました。
下記の物をご用意くださいという書類を渡されました。とりあえず必ず用意しないといけないものの説明書です。
斎場使用料のリストが渡されました。金沢の場合は、火葬炉使用料は5000円です。近隣の市町村では最も安いです。ただし、待合室使用料は5140円と近隣の使用料では最も高いです。斎場暖房費がかかる市町村もありますが金沢市は無料です。
焼香順位の参考例のリストが渡されました。
中陰のテーブルの席表、親戚リストを記入する紙も渡されました。

最初に、葬儀場の規模(会葬者の人数)を把握しないといけないし、その他に受付や会計をする人なども決めないといけないと言われました。

葬儀の費用については、基本となるセットが50万円で、その他に会場費15万円やオプションの花などがかかります。その他にも、バス料金や香典返し、通夜振る舞い、斎場での費用、中陰などいろいろとかかります。
花の追加はそれほど華美にせず、親戚などからの花飾りなどを祭壇に並べる事にしました。
納棺量15000円、ドライアイス追加分8000円、写真をカラーにするので差額10000円、通夜ふるまいの寿司が1桶が5000円、オードブル1桶が5000円、通夜ふるまいや中陰時の飲み物の1本あたりの料金も明記されていました。会葬礼状は何枚であろうと1枚100円です。明瞭会計です。
斎場への往復に使うバスの大きさも決めました。

参考に、父親の葬儀に頼んだ内容のリストを見せられました。とても参考になりました。気が利く対応に関心しました。

香典返しは、カタログなどはどこも一緒で、参列者にとっては飽きがきてるのではという事で、酒屋やドラックストアで買い物ができるビール券にしました。
香典返しの令状に入れる文面と誰の名前を掲載するかも決めました。

中陰の時のお土産は、海苔が多いということでしたが、聞いたことのないメーカーの海苔は美味しく無さそうなので、稲庭うどんにしました。
通夜と葬儀の挨拶は喪主がすることになりました。
決めるのに一番頭を痛める葬儀の焼香順については、故人の直系の親戚と故人の姉妹以外は、親戚の方については順々にということで名前を読み上げない事にしました。その他の参列者についても名前は読み上げないということにしました。
電報については、来てから考えるという事にしました。

おくやみ欄には、故人が長年住んでいた野々市市にすることにしました。詳しい住所は入れなくて、丁目まで掲載する事にしました。北国新聞と北陸中日新聞と読売新聞に掲載を依頼する事にいました。こちらは無料で掲載していただけます。
北陸中日新聞には、言葉も入るようで、故人がどんな人だったか電話取材があるそうです。

そこで、故人が生前に自分の法名の希望を喪主に伝えていたという話がでました。4年前の事だというのですが、そこは故人の希望が最優先という事で、慌てて僧侶に電話しました。
僧侶は不在でしたが、僧侶の奥さんに伝えました。
葬儀社に人が、お寺に、法名を書いた位牌(白木の仮の物)を届けてくれるということでした。

写真はまだ決まっていないと言うと、通夜当日の朝までに決まっていれば対応可能という事でした。

翌日の10:00に葬儀社の担当者が打ち合わせに来るということになりました。

故人の搬送は16:10頃にという事でした。

なにより、葬儀のお金を確保しないと具合が悪いということで、故人の銀行口座からお金をおろしておかないといけないと話していたのですが、15:00を過ぎてしまったので、窓口での出金ができなくなりました。
ネット振り込みが出来る手続きもしてなかったのでATMで出金できる範囲内しか出金できません。
大きな金額を預けてあった口座は、郵貯と北国銀行があったので、おのおのからATM限度額を引き出せます。
北国銀行のATMでは1日に100万円まで引き出せます。ゆうちょのATMでは1日に50万円までしか引きだせません。
金曜日なので、銀行は土曜日曜日が休みのため、お金を引き出すチャンスは、新聞のお悔やみ欄に掲載される土曜日の午前中(何時でシャットアウトされるかは不明です)までだと思います。
今日と明日と明後日とで、引き出せるだけのお金を引きだそうという事にしました。
ちなみに、その他に銀行通帳が2冊あるのですが、そちらは数万円程度の残金でしたがATMではキャッシュカードがないので引き出せません。
小額であっても、出金をストップされた口座からお金を引き出す場合の手続きの煩雑さは変わりません。

喪主がお世話になった施設にお礼と挨拶をしたいというので、妻と喪主が施設行くことにしました。施設からは写真と棺に入れる物を持ち帰り、銀行でお金を引き出しました。

最初に写真を決めようという事で、施設から持ち帰った写真を全部チェックして、遺影になりそうな写真をピックアップしました。故人は写真を撮られることが好きでは無かったようで、単独で顔がはっきり写っている写真がとても少なくて苦労しました。
体調を崩して施設に入ってからは、入れ歯を外した事もあり、顔が別人のように変わっていたので、それ以降の写真では昔からの知り合いが写真を見てもぴんとこないです。
施設に入る前の写真で、それほど昔でない写真から選ぶという事になると、本当に対象になる写真が少なかったです。
結局、施設に飾ってあった紙にプリントしたものが一番適しているという事になりましたが、画像が荒くてそれを拡大して遺影に使うのは難しそうです。
多分、写真は自分で撮ったものだと思うで、結婚してから撮った自分のアルバムを全部チェックしてみましたが見つかりません。
それで、画像は荒いけど、施設に飾ってあった紙にプリントしたものを第一候補にして、もう一度適した写真を探してみるという事にしました。

とりあえず、親戚の把握ができないと葬儀への出席人数などが決められないので、自分側の親戚で、中陰まで出席してくれそうな人のリストは喪主に渡しました。
故人の夫の法事への出席者を思い出したり、故人への年賀状や、個人の夫が持っていた名刺ホルダー、妻への年賀状を参考に親戚リストの作成をしました。
故人の親戚筋の中院出席者については喪主が考えるということになりました。

受付をする人を決めました。本当は近い親族ではなく、少し離れた立場の人に頼むのが良いのですが、気軽に頼める人も思いつかなかったので、親戚から1人頼んで、後は自分の家族3人と娘夫婦、喪主の娘で対応する事にしました。やっぱり親戚の顔を知っている人が受付にいたほうが安心です。
喪主は親戚の顔をよく把握していないので、中陰の出席をお願いする親戚がおいでると、喪主に伝えて紹介するという事で母親も受付を担当する事にしたのです。
さっそく、受付・会計を頼む人に電話で頼みました。

夕食は自宅で喪主を交えてしました。そういえば、自宅で喪主と食事をするのは初めてです。
喪主に、自宅に泊まるように勧めたのですが、ホテルを予約してあるのでそちらで泊まるということでした。

通夜の日は、葬儀会場で、喪主一人が泊まるという事になりました。

明朝は葬儀関係者が10:00に自宅に来るという事なので、喪主は8:30に来るということになりました。

夜に、過去に撮ったデジカメの画像を全てチェックしました。「きまっし金沢」を運営し始めてから撮った画像の数は半端ないのですが、分かりやすくフォルダに分けてインデックスも作ってあったので助かりました。
それでも探していた画像は見つかりませんでした。
いろいろ探して、10年前の父親の法事の時に撮ったデジカメの画像の中に、顔が大きく映っていて笑顔の素敵な画像が見つかりました。
翌日にその画像ではどうか提案する事にしました。

過去の葬儀で会計を担当した際のやりかたを確認してプリントアウトしました。

永代供養墓の広告

YAHOOのトップページに金沢の寺院の永代供養墓の広告が掲載されていました。

浄土真宗本願寺派のお寺で納骨料+永代経で1人60万円で、墓地代金、墓石代がかからず、 生前の宗派に関係無いということです。

僧侶の出張もやっていて葬儀の導師だと20万円、伴僧だと7万円ということです。法事法要は3万円から5万円だそうです。

彦三町の光福寺というお寺でした。

変わりゆく「葬式」

プレジデントオンラインによると、全国のおよそ200の葬儀業者を対象に2013年の1年間で直葬がどのくらい行われたのかを調べた結果、関東地方で葬儀全体の22%、近畿地方で11%だそうです。

鎌倉新書が2013年に第1回、2015年に第2回を実施した「お葬式に関する全国調査」の都道府県別平均会葬者数を見ると、東京都は第1回66人、第2回45人で、増減率は-31.8%。愛知県は第1回84人、第2回58人で、増減率は-31.0%。大阪府は第1回58人、第2回44人で、増減率は-24.1%。全国平均は、第1回78人、第2回60人、増減率は-23%だったそうです。
わずか2年の間に20~30%も会葬者数が減少しているそうです。

さらに、2015年の時点での葬儀の形態としては、東京都で一般葬33.9%、家族葬44.6%。愛知県で一般葬・家族葬ともに46.9%、大阪府で一般葬40.9%、家族葬43.2%と、特に三大都市圏で、一般葬よりも家族葬の割合が増えていることが分かったそうです。

親戚の葬儀

2週間前に親戚の葬儀があったばかりなのに,また親戚の葬儀がありました。
亡くなった2人は兄妹の関係でした。
今回の葬儀は,前回の葬儀の喪主の人が葬儀社を決めたので,前回と同じく紫雲閣になりました。今回の葬儀の世帯は,経済的に余裕の無い世帯だったので,紫雲閣にしたのが良かったのか疑問に感じました。
亡くなられたのが金曜日の夜で,たまたま日曜日が新聞の休刊日だったので,葬儀が終わるまでおくやみ欄にのりませんでした。
町会には連絡したのですが,回覧板は廻さなくても良いと言ったそうで,連絡も親戚だけにしたということで,葬儀は数少ない親戚の人だけの葬儀になりました。
受付と会計を1人でやりましたが,することはそれほどありませんでした。
通夜,葬式と普通通りの葬儀をしたのですが,祭壇とか必要だったのか,遺族の今後の生活を考えると心配になってしまいます。ネットとかで総額18万円でも葬儀ができるのというのもあるので,そういう選択もあったのではと思いました。
ちなみに僧侶は紫雲閣のほうでお願いしたようですが,僧侶のお布施が10万円,法名料が5万円だということでした。
今回の紫雲閣の係の人は,比較的親切だったように感じました。でも斎場へ行く人数が少ないので斎場へのバスはやめて各自斎場に行くのにしたらどうですかと提案したのですが,今からマイクロバスをキャンセルできるか判らないと言われました。仕方ないのでマイクロバスで斎場に行くことにしたのですが,マイクロバスは紫雲閣所有のマイクロバスでした。紫雲閣所有のマイクロバスならキャンセルできないということは無いと思うんですけど。
斎場は金沢南斎場だったのですが,とてもりっぱな施設でびっくりしました。
斎場から戻りすべての葬儀が終わって,折り詰めが渡されたのですが,前日の通夜振る舞いと全く同じ料理でした。遺族も含めて前日から同じ料理を食べて,お昼まで同じ料理というのは普通は考えられません。紫雲閣の配慮の無さが如実に表れていると感じました。

親戚の葬儀

伯父さんが亡くなられて,夜に顔を出しました。

翌日に通夜があったのですが,朝に,受付をして欲しいと電話があって通夜の1時間半前に葬儀場に出かけました。受付2人で会計が3人での作業でした。今日は会計の担当でしたが,地域によって,やり方が違うので,どういう分担にしようか,試行錯誤でした。最終的には役割分担をして1人が届けられた香典に番号をつけて,会計が終わった香典を糸でつづります。もう1人は中の金額を確認し,香典袋の裏の右下に金額を書いて,中袋に住所が書いてある場合は中袋にも番号を記入して中袋を裏から見えやすいところに出して再び飾り紐をかけます。現金は20万円ごとにゴム輪で束ねておきました。もう1人は,番号と住所と名前と金額を香典帳に記入して,途中時間が空いた時に途中集計をして実際の現金とあっているか確認します。
最終的に,香典は100件程度あったのですが,香典帳の金額と実際の現金とは間違いなく通夜が終わるまでに会計が終わりました。今まで会計した中では一番要領よくできたと思います。ただ,忙しくなると途中集計をする余裕が無くなります。今回は,金額がぴったりだったので良かったのですが,途中計算が合わなくなるリスクを考えれば金額の集計は通夜が終わってから,まとめてやったほうが確実なのかもしれません。
花代の集計もしたのですが,地域的な習慣だと思いますが,花代という文字の書かれた封筒に1万円を入れて香典と一緒に出すというのが多かったです。ちなみに実際の花の代金は12600円でした。
時間がとれなかった(火葬場の関係?)ということでお葬式は9:00からの開始です。受付の手伝いをするために1時間前に行くとすると会場に7:30から行かなくてはいけません。ちょっときついです。

葬儀の日には会場に7:30に出かけたのですが,さすがに早すぎたようです。葬儀場の職員の出社も7:30のようで7:30から準備が始まりました。受付の係の人が会場に着たのも8:00ごろからでした。
この時間になると来場者がぽつりぽつりと訪れました。親族による集合写真を撮って受付を開始しました。
通夜と同じ手筈で会計をして葬儀開始5分後には集計を済ませて,お金はもう1人の会計係の人に渡し葬儀に列席しました。
中陰について,特に申し出が無かったので,火葬場には同行しませんでした。

今回は紫雲閣での葬儀でしたが,なんか対応が事務的で気が利かない感じでした。こういうのって参列しただけでは気がつかないのですが,世話をしてみると,よく判ります。

葬儀費用の透明化 イオンの葬儀ビジネスへの本格参加

イオンが葬儀ビジネスへの本格参加に向けて葬儀費用について透明な料金体系を導入したところ利用者が順調に増えているようです。
全国平均で葬儀費用が182万4000円であるのに対して類似の条件でイオンが請け負った場合、寺院費用を除いて平均で100万7千円ですむとのことです。
イオンが定めたサービスの提供に同意した葬儀業者と連携し、イオンが一括して利用者からの依頼を受け付け、業者を紹介するというシステムになっているそうです。

米永さんの葬儀の評判は良かった

挨拶回りをして、いろいろ話をしたんですが、米永さんにお願いした葬儀は、とても評判が良かったです。家族や親戚も、本当に職員の人が親切だったと感謝の気持ちでいっぱいで満足していたのですが、列席者の人も、真心の行き届いた対応だったという意見が多かったです。
弔旗なども、ちゃんと片付けて届けていただいたり、葬儀当日は少し雨が降っていたりしていたのですが、参列者が帰る際には自動車のところまで傘を差していただいたり、他では経験したことのない事だったということでした。
祭壇も、そんなに高い料金の祭壇で無かったのに、りっぱな祭壇だと言っていただいたり。
本当に米永さんにお願いして良かったと思いました。

中陰の法要

斎場から葬儀場へ戻ると、今度は中陰の法要があります。中陰の法要は近しい親族と、生前故人と特に親しかった人とで執り行われます。お経があげられご焼香をしました。

中陰の法要が終わって中陰の宴席があります。中陰の宴席の最初に喪主の挨拶があります。
中陰の食事は当然精進料理です。
適当な時間に僧侶の席から挨拶に周ります。
中陰の時には締めの挨拶はないので、適当な時間に、親戚に帰るきっかけをつくって貰います。
中陰の食事が終わったら帰るときに中陰の列席者に残った花や籠盛りの果物を分けて持ち帰ってもらいます。その他にもお土産品を用意しました。
タクシーで帰られる人には、タクシーの運転手にタクシーチケットを配るように葬儀社の人に頼んでおきました。

中陰の参列者が全員帰ったら、葬儀社の事務室に預かっていただいた香典のお金をいただいて帰ります。もちろん遺骨と遺影も持ち帰ります。

葬儀社の人は、余った花や、余った果物、お菓子、香典袋、香典帳などを持ってきてくれます。それから自宅の祭壇の飾りつけもしてくれます。

忌中の紙を玄関に貼ります。

中陰の食事は、なかなか美味しかったです。

火葬

斎場につくと棺おけを斎場の待合室に運び、僧侶による読経があり、棺おけの周りを右回りに周って最後のお別れをします。
それからいくつか並んでいる火葬炉の中で自分の苗字の書いた火葬炉のほうに運び、火葬します。

火葬が終わるまで70分程度かかりますので、まず骨壷を選びます。大きさや袋のデザインに何種類かのものがあります。あまり大きな骨壷を選ぶと納骨の関係で支障があるということなので、ごく一般的な大きさの骨壷を選びました。骨壷は大きい骨壷と、小さい骨壷がセットになっています。骨壷のお金はその場で支払います。1万円でした。

控え室(ロビー)で火葬が終わるのを待ちます。その間、飲み物を注文し、持参したお菓子をひろげたりしてました。お腹がすくということで葬儀社でおにぎりを用意してくれました(後で請求されてました)。
火葬が終わると、連絡があり、飲み物の会計を済まし(料金は喪主が一括して支払います)、火葬炉の中に入ります。

当然ですが、身体の各部分の骨は、その位置に置かれていますので、焼かれた骨はどの部分の骨か一目瞭然です。

最初に、喪主が喉仏の骨を小さい骨壷に入れます。喉仏の骨の入った小さい骨壷は分納する場合に、その小さい骨壷を寺に預けることになります。必ずしも分骨しなければいけないということではなくて、大きい骨壷と一緒に墓に入れてもかまいません。

喉仏の骨を小さい骨壷に入れた後は、全員で上半身の骨を中心に大きな骨壷に入れます。大きい骨は割って骨壷に入れます。最期に頭蓋骨の綺麗な部分で蓋をします。

遺影と骨壷をもってバスで葬儀場に戻ります。